「値上げ」による消費抑制
景気が減退している。特に個人消費が大きく抑制されている。「2人以上世帯の家計支出」では、値上げムードに煽られた今年3月から、連続して実質マイナスである。
中でも基礎支出である「食費」の減少が連続している。衣料も依然として厳しい。
この間、勤労者世帯の収入も減少している。「可処分所得」の実質減少は昨年から続いている。国の発表を待つまでもなく、明らかに「不景気」に転じている。(図表1参照)
この間、シュリンクしているのは「ハレの日需要」である。家計支出の日別集計では、4・5・6月の曜日別支出で、「土日」の支出が落ち込んでいる。「祝日の消費支出」は伸びているが「食費・酒類・外食」は、大きく落ち込んでいる。特に「外食」は「土日」で落ち込みが激しい。
何かと話題が多かったオリンピックがあった夏休みも、海外旅行は落ち込み、ガソリンの値上げから車による外出も制御された。
値上げ、将来不安、収入減少は、「ハレの日・支出の抑制」によって、生活防衛されている。(図表2参照)
「値上げ」はまだまだ続く。「原料価格」がこれからも上がることが予測され、「消費財」の価格は何回も値上げが続く。
食品、雑貨を中心とした消費財原料、食料・原油の価格高騰ばかりではなく、「鉄鋼資源」の価格も高騰しており、耐久消費財の値上げが確実となっている。
「生活感」より、国が発表している「消費物価」が上昇していないのは、「耐久消費財」が依然としてデフレ傾向にあり、「値下げ」が著しかったからである。普及率が急上昇している「薄型テレビ」は、需要は伸びているものの価格が下がっており、さほど利益は出ていない。その状態に「原料高」が襲う。消費財と違って簡単に「売価」を上げることはできないが、これまでのような「売価ダウン」の傾向は確実に歩止めがかかる。
世界的な「勝ち組」であったトヨタは、ついに車の値上げを発表した。これから「耐久消費財」メーカーの値上げの発表は相次ぐだろう。しかし、だからといって「最終売価」は上げられない。なんらかの形でのメーカー負担によって、「耐久消費財」メーカーの収益は厳しさを増す。
原価のアップと、広告費の抑制
07年度の決算では、この「値上げ」の影響はまだまだ部分的であるが、「メーカー」の苦しい状況を浮き彫りにしている。
上場している主な「消費財メーカー」94社の07年度決算では、
- *売上の減少 27社
- *営業利益の減少 41社
- *営業利益率の減少 50社
と、「利益の減退」傾向がはっきりしている。欠損会社は9社となっているが、営業利益率が1%にも満たない会社が14社もあり、今年度に欠損となる会社が増えることが予測される。
収益の悪化の要因は、「原価率」のアップである。
- *原価率の上昇 63社
- *内営業利益率の減少 45社
原料高騰の影響が明らかである。原価率が上がっている63社の内、14社で2%以上の率のアップとなっている。
「原価率のアップ」に対して、利益を確保する手段は、コストの削減しかない。特に、「販管費」の削減である。
販管費率を下げた会社は56社となっている。問題があるのは、その中身である。なんと「広告費・販促費」が下げられている。
- *広告比率の減少 54社
- *販促費・手数料率の減少 48社
94社の中では、16社の販促費・手数料が不明の会社があるので、この時期に販促費の抑制に入ったメーカーは半分以上に達している。
こうした収益構造を産業別に見ると、「食品」、特に「乳業・製菓・調味料」メーカーでの厳しさが際だっている。
調味料メーカー10社計では、売上3.4%増に対して原価が6.1%も上がり、販促費を2.3%減らしたが、それでも販管費が0.5%上がってしまい、営業利益は32.5%減ってしまった。
乳業メーカー5社計では、売上1.7%増に対して、原価3.4%増、広告費を11.2%下げたが販管費は1.1%増、結果31.7%の営業利益減少である。
一方、原油価格の上昇が効いているはずの「雑貨・トイレタリー・化粧品」では、原価の上昇は1.5%と、売上2.2%増を下回っている。言い換えれば原価率は下がっているということになる。
原料価格高騰の影響と値上げが決算に反映されるのは、08年度からということであろう。
多様な「値上げ」
消費財メーカーの値上げが顕著になってきたのは、07年6月キューピーが95年以来12年ぶりと言われるマヨネーズの値上げを発表してからである。特にキューピーは、マヨネーズの戦略で何回となく「値下げ」を実施しており、そのキューピーが「値上げ」を発表したことで一挙に「値上げムード」を煽った。
それ以降、乳業、ハム、小麦粉製品での値上げが続くが、12月、山崎製パンの値上げから業界ぐるみの値上げに入った。「製パン」を端に発し、「すべての産業・メーカー」で値上げが避けられないという状態に入った。
今年2月からはキリンがビール、発泡酒の値上げを発表し、味の素も3月、冷凍食品の値上げを発表、最大手のメーカーが牽引者となった。
さらに、5月には「製パンメーカー」が二度目の値上げを発表し、日清製粉は三度目の値上げとなり、「繰り返し値上げ」が常態化してしまった。
こうした値上げの繰り返しは、1月大きな話題となった「中国餃子事件」も影響している。「輸入食材」に対する安全・安心面での不安は、この事件によってさらに激しさを増した。ほとんどの食品で「国産」が「選択基準」となり、さらに「原価高」を招いた。
しかし、この「国産信仰」は原料不足に拍車をかけ、ますますメーカー収益に厳しい環境となっている。
「値上げの常態化」は、多様な「値上げ」のスタイルを生み出した。
江崎グリコは、07年10月主力商品のポッキーの内容量を10%減量すると発表した。また決算資料では08年2月にビスコを「卵不使用」「内容量25%減量」で、「約13%価格ダウン」と報告されている。
森永乳業は価格改定と同時に「特売抑制を浸透」させると発表した。日清食品も07年9月、即席麺・カップ麺の08年1月値上げを発表したが、同時に値引きの原資となるリベートの抑制も発表している。
味の素は、収益性の向上のための施策として、
- @新コスト構造(原料価格高騰)を前提とした計画の立案と実行。(値上げ/値引き削減/原料代替/シンプルレシピ化)
- A原料・包材購入のコストダウン推進(グローバル集中調達/グループ共同調達等)
- B資源の有効活用(鰹節、雑節の高度利用)
- Cグループ物流の最適化
など、多面的な手段をとると報告している。
特に「値引き削減」はメーカーにとっては長年の課題となっていた。小売との商談での「価格条件費」の拡大はブランド管理を困難にすると同時に、収益構造の悪化にも繋がっており、「値上げ」と同時に「値戻し」に注力したい課題となっている。
「値上げ」による市場シュリンクを恐れ、「値上げ」に伴って「価格条件費」拡大を要求する小売への対応としても、実質「値戻し」は、メーカーの「値上げ」を実現する重要な戦略であった、
販促費の抑制は、単に販管費を下げるための手段というよりは、この期に「値引き体質」を改善するというメーカーの決意でもあろう。
「値上げ」の効果
「値上げ」の実現には様々な困難がある。特に小売・ユーザーの反発は直面する課題である。
日本ハムは、07年9月からハム・ソーセージ・加工食品の値上げを実施しているが、業務用では「価格改定交渉の進捗率は約80%、残りの20%は08年3月には完了の見通し」としている。この20%の積み残しにより、当初26億円と見込んでいた下期「値上げ効果」が減少すると発表した。この「残りの20%」が「有力ユーザー」であることは推測がつく。
大手小売とユーザーとの交渉は、最終的には「売価」と、「売上・値入」を巡る交渉である。「売上・値入」を維持・拡大しつつ「売価」をどこに設定するか、そのために必要な「原資」はどれ位か、そこが「商談」である。単なる「値上げ」だけでは、バイイングパワーからの承認は得られない。
今回の「値上げ」は、新しい条件が加わっている。「小売PB」の問題である。例えば製パンでは、山崎製パンの「超芳醇」は6枚入りで実勢売価120円台が140円台に上がった。対してほとんどのPBパンは98円で対抗した。この50円近い売価差は、NBとPBという選択基準を曖昧にさせた。
日経POSでは、「食パンPB」のシェアがこれまでの10.2%から08年5月には13.7%に上昇したと報告している。
果汁100%ジュースでは、17.3%が23.2%に、シリアルでは17.8%が23.3%になったと発表している。
セブンプレミアム、トップバリューという2大PBを含め、各小売はこの「値上げ」を期に、一挙にPB攻勢を強めた。
一方、「値上げ」と同時に「値戻し」を狙いとしたNBは、「売価」こそ着実に「上げている」。
全国チラシ情報サービスセンター」のデータでは、「食パン」は業界ぐるみの値上げという効果もあって「順調」にチラシ価格が上がっている。
即席麺でも、日清食品はじめ、東洋水産、明星食品、サンヨー食品とも売価を大きく上げている。日清食品、東洋水産、明星食品では「5袋入り」で90円前後の「値上げ」となっている。
カレールーの価格も上がっているが、07年12月に「値戻し」できたハウス食品に対して、エスビーの「値戻し」は08年2月にまでずれ込んでいる。「値上げ」発表の時期は両社とも11月であり、シェアの差によって「実現時期」に差が出たといえよう。
この時代の「値上げ」の特徴を整理すると、
- これまでの「値上げ」と異なり、今回の値上げは「全産業・全商品」であること。さらに、素材と完成品の値上げが繰り返されるので、「何度も値上げ」がある。それだけに、「一度で済む、自社・自カテゴリーだけの値上げですむ」ということではない。小売・ユーザーは、全ての「値上げ」を含めて、ビジネスをしなければならない。それだけに「値上げ」への対応は慎重であり、かつ「反発」も強い。
- 場合によっては、「調達難」、品不足が現実化している。値上げによって、調達が無難に行えるという保証はない。いくつかの食材は、「中国問題」もあり、製造中止すら現実化している。
- 値上げ交渉は、「個別交渉」になっている。特に、量販得意先に対しては、その折衝に消耗している。さらにメーカーの狙いとしては「値戻し」、「取引制度改定」も含んでの交渉となっている。
- 値上げ後に、市場・カテゴリーを超えての需要の争奪戦になる。いろんな産業・カテゴリーで、「値上げ前の駆け込み」と「値上げ後の買い渋り」が起きる。例えば、「外食・ファーストフード」が減退し、「CVSの弁当・カウンターFFが売れる」というようなことが起きる。基本的には「低価格」「PB」にシフトする。
- 価格改定の成功・失敗は、その企業の市場地位に関係する。競争力のある企業は価格改定=値戻し・売価引き上げは、短期間で実現できるが、弱者は、いつまでも価格改定が実現しない、あるいは、売上が大きく減退する
となる。「値上げ」を戦略的に進めることの重要さが明白である。
「値上げ戦略」のフレーム
「値上げ」戦略を構造的に実現させた事例として、ハウス食品が参考になる。先に触れたようにハウスが値上げを発表したのは11月である。
さらに、今期に入って「リベート」の廃止を発表し、合わせて希望小売価格の設定も廃止しオープン価格に改めた。ということは、「値上げ」に伴って、「リベート分を差し引いて納価を下げ」、販管費である「販促費・手数料」を削減するということになる。
つまり、「納価を下げて売上が減る」が、「販管費」が削減され営業利益は大きく増加する。
08年度の目標は、単独で売上1680億、前年比99%で17億の売上減少。しかし、リベート廃止前の基準で算出すると1800億の売上で106.1%の増収という結果になる。
そして営業利益は106億、111.6%の増益という計画である。
こうした制度的な改訂を前に、ハウス食品では「非価格プロモーション」を推進している。カレーに例をとれば「過度の安売りでストック購入やまとめ買いを促進するのではなく、顧客の妥当価格で、その日の夕食メニューとして購入いただく売り方 」に転じる手法である。
その手段として
- ※「新付加価値による魅力つけ」=新技術・新機能の訴求、具体的事例として「カロリーオフ:PRIME」の発売。
- ※「顧客の開拓」=父・子供の関与度拡大、例えば「母の日カレープロモーション」
- ※「食機会の拡大」=食シーンにおいてカレーカテゴリーの新しい食べ方の提案、具体例としては「スープカレー」「カレー鍋」の提案。
という多元的な取組を準備していた。
「値上げ」を戦略的に推進するということは、
- 「価格改定」の申し入れと同時に、
*売上減退をおこさない、市場活性化策の提案
*商品原価引き上げ以外に、物流・在庫・受発注によるコストダウンの提案
*場合によっては、取引制度・慣習の改善
などを、同時に実行する
- 影響の大きな=売上が大きな・場合によっては、納価が低い取引・商品を明確にし、「個別解決シナリオ」を描く
- 得意先によっては、幹部商談を含めた総合的な「取組商談」を必要とする
- 場合によっては、「代替商品・代替取引」を事前に準備しておく。調達難が想定されるものについては、「代替原料提案」の準備は必須。
という構造であり、マーケティング戦略全般での取組課題となる。
小売メガ化への対応
今回の値上げが、このように戦略的な取組を必要としているのは、「小売・ユーザー」が巨大な組織に集約されてきているからである。
持株会社に移行したイオンは、連結営業収入で5兆円となり、これまでのゆるやかな連合から、戦略的に「グループシナジー」を強化すると発表した。
セブン&アイHDも、連結営業収入は5兆8千億であり、急速にグループ共有資源を強化し始めた。典型的には「セブンプレミアム」である。
両社ともGMS業態の再構築を軸として、各業態の対応力の強化を新しい挑戦課題としている。
セブン&アイHDでは、調剤薬局アインファーマシーズと資本提携し、欠落していたヘルスケア分野の取組と、CVSでのOTC販売開始に備えた。また、かって展開・挫折していたディスカウント業態「ザ・プライス」を西新井で再開した。
ユニーグループの動きも注目されている。ユーストアの統合や、イズミヤとの連携、さらにサークルKを中心として伊藤忠との協働があり、第三の小売グループとして浮上してきている。伊藤忠と関係の深いファミリーマートとの連携も予測できる。
こうした小売のメガ化に対応して、メーカー営業のフォーメーションも変化を強いられている。ラインを軸とした営業・担当部門主導の商談ではすまなくなっている。
昨今の「有力メーカーによるPB受託」も、営業が口火を切っているにしても、最終的なジャッジと対応は、営業を離れて幹部・マーケティング部門対応が不可欠となっている。
さらに、「直接取引の要請」や、「グループ一括仕入」「受発注・物流システム対応」、また公正取引委員会の運用基準で制約している「競争的地位の乱用」に関わりそうな内容まで、担当営業部門では解決できない課題が目白押しである。
08年度のメーカー決算は、こうしたメーカーの全社的な小売・ユーザー交渉力の優劣が反映されたものになるであろう。 |