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マーケティングと環境問題

玉川大学経営学部 助教授 青木道代


■はじめに

どんな業種の企業であっても環境問題は避けて通れない課題である。とくに、メーカーや流通業にとって、当面の問題はリサイクルであろう。
しかし、リサイクルは一朝一夕にしてできるものではない。確かなシステム構築を必要とするため、各企業内で試行錯誤を繰り返した末に、ようやく最終的な差別化できるリサイクル品質を確保し、その結果として市場競争力を勝ち取れるのである。
では、具体的なリサイクル・システムの構築に向けて、どんな企業努力が必要なのだろうか。こうした問題意識のもとに、消費者行動の側面から調査を実施した。それが、今回のJMR「ITインパクト調査2002」に盛り込まれた内容である。本稿では、この調査結果から明らかになった事実をまとめ、これをヒントに企業側はどんな努力を必要とされているのかを具体的に論じたい。
そのためには、まず、今回の調査に至る背景について簡単に触れておく必要があろう。
従来、マーケティング界で取り上げられてきたリサイクルの問題を整理すると次のようになる。

■既存の研究

リサイクルをマーケティングの問題として具体的に提示したのは、Barnes(1982)であった。彼は、リサイクルしようというインセンティブが高まるにつれて、チャネル構造の変化が起こると予測し、こうした将来の変革を理解・評価するためにマーケティングの貢献する好機があると主張する。彼の目的は、リサイクル問題の解決というよりもロジスティクスの問題を列挙し、この分野で必要とされる研究を明らかにすることであった。そのために、リサイクルにはどんなベネフィットがあるのかを具体的に示し、残された解決すべき問題を提示したのである。彼の考えでは、多くのベネフィットがあるにもかかわらず、リサイクルが起こらない主たる理由は、逆の流通システムがないことであった。
この研究以降、マーケティング分野でも急速にリサイクルに関わる研究が進められた。
こうした数多くの既存研究は次の3つのアプローチに分類できることが見えてくる。以下に、各研究の目的と研究上の特徴をまとめておこう。
@リサイクル行動のメカニズムの解明
消費者はなぜリサイクルするのか、あるいは、なぜリサイクルしないのかをテーマに取り上げ、リサイクル行動のモチベーションを特定化しようというもので、リサイクル行動を予測する先行指標となるものを探すのを具体的な目的としている。
このグループが発表した研究結果のまとめからは、「リサイクルに対する態度(全体的評価)」は影響するが「主観的規範」の影響は有意ではないこと、一般に大きく影響したのは「過去のリサイクル行動」であり、個々のリサイクル経験の有無が大切であることがわかる。
Aリサイクル型商品の購買
このタイプの研究は、消費者は商品購買を通じてどのように価値を創造しているのかを把握し、プロモーションに対するインプリケーションを得ようとするものである。
たとえば、対象商品をトイレット・ティシュ−としたAoki(1994)の研究では、消費者の知覚する品質と商品情報として提示される情報との関係を調査分析した。
具体的には、「ホクシー」の再生紙トイレット・ティシューと純パルプを対象商品とし、「ブランド名、価格、色、デザイン、肌触り」という実際の商品パッケージに示されている5種類の商品情報が、消費者の知覚する品質に与える影響について質問紙
調査を行ない、両タイプの商品で分析結果を比較し、当時売れ行きが伸び悩んでいた再生紙商品の知覚品質を高めるにはどうすればよいのかを考えた。
調査の結果、古紙100%の再生紙商品の知覚された品質に有意な影響を与えていたのは「ブランド名」と「肌触り」という商品情報であった。これは、純パルプ商品の場合とは違う結果である。なお、この研究についての詳細は、青木(2002 c)を参照されたい。
Bグリーン・コンシューマーの属性分析
これは、消費者の中でも「グリーン・コンシューマー」と呼ばれる、環境にやさしい面を重視した購買行動をとる人々の特性を明らかにしようという研究グループであり、その結果をセグメンテーション戦略に応用しようとするものである。この分野の研究は数多いが、それらを体系的にレビューして全体的傾向を整理したのがShrumら(1994)の研究である。
彼らは、56件もの既存研究を詳細に分析するべく、まず、消費者の特性を大きく「デモグラフィック要因」と「心理学的要因」の2つに分けて論じている。その結果は、デモグラフィック要因のなかでも、年齢だけは弱い関係があり、概ね年輩者の方がリサイクル率の高い傾向を示していた。
もう一方の心理学的要因の中で、消費者の「態度(一般的評価)」や「信念」とリサイクル行動との関係に対しては、消費者の「個人的価値観」や「自己の行動に意義を認めるかどうか」という考えがリサイクル行動に影響しているということであった。
以上のように見てくると、リサイクル関連の研究は欧米の消費者行動研究を中心に行なわれてきたことがわかる。こうした既存研究のレビューを踏まえて、これまでに紹介したリサイクル行動に有意な影響を与えるとされた幾つかの構成概念を「リサイクル行動を説明する規定要因」として組み入れて、本研究の仮説モデルを構築した。

■コスト・ベネフィット要因

まず、コスト・ベネフィット測定における単純集計の結果から興味深いことがわかってきたので、いくつかの例と図解を入れて、簡単に紹介しよう。
さきの予備調査の結果、リサイクルのコストは経済的、時間的、心理的コストに分かれており、これを反映した各質問項目は「リサイクルはお金がかかる」「リサイクルは時間がかかる」「リサイクルは手間がかかる」「リサイクルは面倒である」の4つになった。
同様に、ベネフィットで多く登場した言葉が次の4項目「リサイクルはお金の節約になる」「リサイクルは資源を保護する」「リサイクルすると気分がいい」「リサイクルすると家がきれいになる」であった。
普通に頭でコスト・ベネフィットとして考えると、コストの裏返しがベネフィットだと思いがちだが、具体的に消費者が感じ取れるベネフィットは、こうした項目だったのである。これを用いて今回の調査に臨んだところ、意外な事実が判明し、企業戦略の実践に多くのヒントを与えると予想された。ここでは、紙面の都合上、ほんの数例を紹介することになるのをお許しいただきたい。
これまで一般に、リサイクルは面倒なので進まないのだと考えられてきた。それは、実際にやってみればすぐに実感することなのでこう考えがちなのだが、今回の調査結果より、消費者にとって一番のネックになっているものが具体的にわかったの
である(図表1参照)。



彼らがもっとも嫌だと考えるのは、リサイクルが"手間がかかる"ことであり、(回答者全体の76.5%)、次が"時間がかかる"(64.6%)ことであったのだ。逆に、面倒だと感じているのは、ほぼ半数(50.2%)に過ぎない。これは企業側にとって大きな発見である。
なぜか…それは、この数字に現れたネックの部分を軽くすれば、消費者はたいして面倒がらずにリサイクルに協力してくれそうなのが見えるからである。商品の消費後のリサイクルが少しでも簡単にできるよう、紙製の商品ラベルに破線を入れるなどはがしやすく工夫し、分別が必要なプラスチック製の部分をわかりやすく表示し、色分けするなどして"手間をかけずにすぐできる"、"時間をかけずにリサイクル"と強調すればよいのである。
現実の生活を考えてみても、朝の忙しい時間に分別して、週に1〜2度回収の分別ゴミに出してから出勤するのは至難の業なのだ。そうかといって、資源ゴミをためて置いては、きちんと洗っているにしても、ビン詰め食品の匂いや缶の匂い等が部屋にこもるのを防ぐことはできない。そんな消費者の日常生活にかかわる商品を提供する企業であれば、この
点は無視できない大きな問題であろう。
なお、リサイクルに対するこうしたコスト意識は、男女にかかわらず、年代にかかわらず、全てのセグメントで同様な数値傾向を示している。さらに特筆すべきは、全体平均の数字よりも高い数値を記録した50代男性の場合であり、それぞれ「リサイクルは時間がかかる」71.4%、「リサイクルは手間がかかる」81.3%と、いかに現実問題としてリサイクル・コストを実感しているかが浮き彫りにされている。この50代男性は企業にとって、黄金の団塊の世代と重なる、最優良顧客と見込める消費者層である。ターゲットと狙うべき彼らの実生活上の思いを忘れてはならない。
では、ベネフィットに関してはどうだろうか。全体の数値は、「リサイクルはお金の節約になる」44.8%、「リサイクルは資源を保護する」88.7%、「リサイクルすると気分がいい」65.9%、「リサイクルすると家がきれいになる」47.8%であった(図表2参照)。
このようにベネフィットの認知は"資源保護"という側面が8割以上と圧倒的に高く、次いで"気分の良さ"が6割であった。この1位、2位の順位と数値の傾向は全セグメントでほぼ共通していたが、ここでも平均を上回ったのは50代男性の"リサイクル
は資源を保護する 92.0%"という数値である。2位の気分の良さは64.3%で、ほぼ平均値に近かった。これは、彼らが平均的消費者よりも資源保護への関心が高いことを示しており、彼らにアピールするには普通の消費者に対してよりも強く、自社商品のリサイクルによって"資源保護に役立つ"ことを訴えるのが大切なのだとわかる。
一方、リサイクルに対する具体的なコスト・ベネフィットの認知において男女差が現れるのは、ベネフィットの中の「リサイクルすると気分がいい」である(図2参照)。



もともと環境問題に対しては、女性の方が自分の生活に密接な問題と捉えており、関心度も高いことが知られている。今回の調査にもこのような女性の考え方が反映されたとみられ、リサイクルに協力すると女性は男性よりも気分がいいと感じるのである。この点も企業の注目に値するところであり、女性を味方に付けるにはどうすればよいのかという具体的なヒントが隠されている。
さらに、リサイクルに関する知識を聞いた質問項目「何をリサイクルするのかわかっている」に対しては、もっと驚くべき結果が出ている。「非常にそう思う」「まあそう思う」を加えた全体の平均値は、なんと37.6%に過ぎない(図2参照)。男女差もさほどみられず、リサイクルの仕方をわかっていると答えた人がセグメントの半数を超えているのは、50代女性 52.2%だけである(60代男性も半数を超えたが、あまりにサンプル数が少ないのでここでは除外しておく)。
このように全体的に低い数値の中で、40代男性と50代男性は平均を超える数値を示し、それぞれ42.9%、42.0%と高いのが興味深い。この結果から言えるのは、リサイクル方法の情報伝達がまだ不足しているということである。実際の商品をみても、パッケージに載っている商品情報は、消費者による商品購入を意識したものが中心であり、消費後の廃棄処分の方法を解説した情報は非常に小さく、わかりにくく記載されていることが多い。
さきの結果のように"リサイクルすると気分がいい"という消費者に対して、これではコミュニケーション・サービスの不足と受け取られても仕方がなかろう。逆に少数ではあるが、廃棄情報をわかりやすく丁寧に図解している商品に対して、消費者が好感を抱くのは容易に予想できることである。
以上のように、単純集計の結果だけでも企業戦略を考える多くのヒントが得られる。

■リサイクル行動を促進する要因

本研究では、オーソドックスな研究スタイルをとり、既存研究の結果から有意な影響があると判明した要因を整理し、仮説を用意して今回の調査に臨んだ。
具体的に本研究の仮説としたのは、消費者による「関与の働き」である。この関与の高低が行動のモチベーションとして働き、消費者のリサイクル行動に変化をもたらすのではないかと予測した。
まず、調査の対象者全体を重回帰分析して、各構成概念の影響を調べて得た結果が図表3であり、消費者による関与の高低でサンプルを分けて重回帰分析した結果が図表4である。この場合、関与が高くも低くもない(どちらでもない)と答えた中間層は分析対象から除き、高い低いのどちらかに分類された者のみを分析した。
全体をまとめて分析した結果の図表3から言えることは、態度や規範よりも過去の行動による影響の方がずっと大きいことであり、その傾向は各商品(新聞、空き瓶・空き缶、ペットボトルの3種類)で変わらない。このモデルによる説明力は、瓶・缶の場合が最も高い。
消費者の関与が高いグループの結果である図表4-1では、このモデルの説明力は下がるが、関与の低いグループでは説明力が高くなる。とくに、低関与グループにおける過去の行動の影響は非常に大きく、商品別では瓶・缶の場合に顕著に見られる。
この低関与グル−プが規範と比較してずっと大きく過去の行動に影響されているのに比べて、高関与グループでは規範と過去の行動との影響の差は小さく、さほど過去の行動には縛られないことがわかる。これはどの商品にも見られる傾向である。
つまり、どの商品の場合も、リサイクル行動は過去の行動の蓄積に影響されているため、とにかくリサイクル習慣を作ることが大切だといえよう。これは、とりわけ関与が低く、リサイクルに対する問題意識も比較的低いと考えられる消費者に有効なやり方であろ
う。



■今後の展望

このようにリサイクル研究は、まだまだこれからの分野であるが、研究の成果をそのまま企業の業績に反映させることが可能な実用性の高いテーマである。そのため、産業界と学会との連携を密にして、研究者の新しい研究成果を生かした企業経営によって、市場競争力を備えた日本企業が世界市場を席巻することが期待できる分野である。こうした観点から、企業のとるべき環境経営戦略を既存研究から導かれる理論と、実際の各業界における個々の企業が採用して成功している環境経営戦略の事例を整理して共通原理や法則性を導き出し、今後の本社機能が考えるべき環境重視の「商品マーケティング」について、具体的な指針をわかりやすくまとめたものが青木(2002 b)である。この原稿執筆を通して、環境経営とはいかに初期コストがかかっても、それ以上の利益を長期にわたって生み出せる方法であることを再認識した。既に、こうした方向に世界中の企業が動き出し、着実に成果を挙げている。日本企業もこうした市場の波を上手に受け止め、急激な流れを見事に泳ぎ切るための知恵を身に付けていただきたいと願う次第である。

この論文は「季刊営業力開発」誌 2002年 Vol.4 No177 「デジタルな時代の新しいマーケティング戦略構築」の中に掲載されたものです。

<青木道代 プロフィール>
横浜国立大学大学院経営学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院商学研究科商学専攻後期博士単位取得
現在、玉川大学経営学部国際経営学科助教授
<主要研究業績>
Aoki, Michiyo(1994), "Evaluation of Green Products: The Process of Recognizing Information and Forming Qualitative Judgments",
 Asia Pacific Advances in Consumer Research,Vol.1,36-42.
Aoki, Michiyo(2001), "Consumers' Reactions to Price: An Information Processing Approach"
 Asia Pacific Advances in Consumer Research, Vol.4., 269-273.

<主要参考文献>
Aoki, Michiyo(1994), "Evaluation of Green Products:The Process of Recognizing Information and Forming Qualitative Judgments,"
 Asia Pacific Advances in Consumer Research, Vol.1, 36-42.
青木道代(2000)「マーケティングと環境問題:(1)エコロジカル・マーケティングの誕生」『玉川大学文学部紀要(社会科学篇)』 第14巻 113-136頁。
青木道代(2002 a)「マーケティングと環境問題:(2)エコロジー商品の知覚価値」『論叢』(玉川大学経営学部紀要) 第1巻 1-11頁。
青木道代(2002 b)「商品マーケティング」『環境経営戦略事典』(山本良一 監修)産業調査会編(全6頁 印刷中:本年12月刊行)。
青木道代(2002 c)「エコロジー商品の品質評価と知覚価値」『ブランド・マネジメントの理論』(小川孔輔 編集) 同文舘。(印刷中:本年12月刊行予定)。
Barnes, J. H. (1982), "Recycling: A Problem in Reverse Logistics," Journal of Macromarketing, 2(Fall), 31-37.
広瀬幸雄 (1994),「環境配慮行動の規定因について」『社会心理学研究』 第10巻 第1号,44-55。
広瀬幸雄 (1998),「環境ボランティアの活動が地域住民のリサイクルに関する認知・行動に及ぼす効果」 『社会心理学研究』第13巻 第2号,143-151。
野波寛、杉浦淳吉、大沼進、山川肇、広瀬幸雄 (1997)、「資源リサイクル行動の意思決定における多様なメディアの役割−パス解析モデルを用いた検討−」 
 『心理学研究』 Vol.68, 264-271。
 

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