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破壊的マーケティング・イノベーション 〜激動する市場から未来を切り拓く〜

社会・経済・政治いずれの世界においても大転換期を迎えている。書店では、P.F.ドラッカーの書籍があふれているが、自らを「社会生態学者」と呼び、その仕事は「すでに起こった未来」を確認することだとしている。すなわち、「もはや、もとに戻ることのない変化、しかも重大な影響力をもつことになる変化でありながら、まだ一般には認識されていない変化を知覚し、分析することであり」、さらに「それがどのような機会をもたらしてくれるのかを問うことである。」としている。いま再びドラッカーである理由がわかる。

マーケティングの分野では、フィリップ・コトラー等が「カオティクス(CHAOTICS)」(2009)で、世界は新しい経済ステージに入ったとしている。市場環境は「乱気流」であり、ビジネス環境は、破壊的イノベーションや予想外の大きな衝撃から生じる不確実性がかつてないほど増えており、これを「ニューノーマル」と呼んでいる。そして、カオティクス・マネジメント・システムを提案している。

弊社でも同様のアプローチを実施しており、生活者においては、2000年より「生活定点調査」を実施、生活者の「基本的生活観」「仕事観」「結婚観」「幸せ観」「ライフコース」など様々な視点で、分析を続けてきた。本稿でも、2009年度調査分析を紹介するとともに、われわれが挑戦していくべき、破壊的マーケティング・イノベーションとは何かについて考察・提言させていただく。

なお、本稿は、開MRサイエンス、川島隆志、竹重美咲、新藤愛、朴海燕、池添久美子によるものである。


■21世紀型の市場原理

1.消費者理解のフレーム

われわれマーケターにとって最も大切なのは、市場を見る目を養うことである。そのためには、市場をどのような視点でとらえていけばよいかというフレームワークを頭に叩き込む必要がある。そのフレームとは以前からご提案させていただいているフレームである(図表1)。


図表1 デジタルな時代の消費者理解のフレーム

それは社会・経済・政治動向および企業活動の影響を受けたブームなどマクロの視点と、そのマクロの視点を踏まえて消費者がどのような行動を起こして、自分たちの「幸せ観」を実現させようとしていくのかといったミクロの視点が必要である。ミクロの視点については、消費者のライフスタイル理解が基本であるが、ライフスタイルがわかったからといって、彼(女)らの消費者行動が直結して、予測できるわけではない。そこで、「デジタルな価値観」と称して、彼(女)らの消費者行動を左右する様々な要因・軸を抽出する研究を行ってきた。そのフレームワークを示したのが図表2である。


図表2 デジタルな時代の消費者理解のフレーム

コトラー等(2009)は、カオティクス・マネジメント・システムの全体像において、変化を素早く感知し、機会と脆さを知覚・分析し、戦略シナリオを描くシステムを提案しているが、この変化を感知する枠組みこそが、われわれの提案しているフレームワークである。


2.すでに起こっている未来

ここでは、P.F.ドラッカーの言う「もはや、もとに戻ることのない変化、しかも重大な影響力をもつことになる変化」をマクロの視点からいくつかみていくことにする。


◆世界の人口と日本の人口

2007年の世界人口は66.7億人、2050年には91.9億人に達するものと国際連合で推計されている。2007年から2050年までに増加する人口(25.2億人)を地域別にみると、アジア(12.4億人)とアフリカ(10.3億人)で9割を占めている(図表3)


図表3 世界の地域別人口の推移

2007年の世界人口を国別にみると、中国が13.3億人(世界人口の19.9%)で最も多く、次いでインドが11.7億人(同17.5%)、アメリカ合衆国が3.1億人(同4.6%)となっており、日本は1.3億人(同1.9%)である(図表4)。


図表4 世界人口に占める各国人口の割合2007年

一方、65歳以上の人口の割合は、今後アジアにおいても上昇し、2050年には17.5%に達するものと推計されている(図表5)。生産年齢人口(15〜64歳人口)の割合は、日本では1990年から1995年の間に低下に転じており、ヨーロッパ、北アメリカおよびアジアでも2010年から2020年の間に低下に転じるものと推計されている。


図表5 65歳以上人口の割合


◆世界貧困人口

新たな貧困基準(1日1ドル25セント)によると世界の貧困人口は14億人(4人にひとり)に上るが、貧困の削減は依然として進行していることが明らかになった(ワシントンDC、2008年8月26日)

「途上国の貧困人口は想定以上だったが、貧困削減自体は進展」と題する新たな論文の中で、共同執筆者であるマーティン・ラバリオンとシャオフア・チェンは、1981年以来の貧困推計を改定して、1日1.25ドル未満で暮らす途上国の貧困人口は、2005年には14億人(4人に1人)であるが、これは1981年の19億人(2人に1人)から減少したものであると発表した。

今回のデータは、地域間で貧困削減の進捗状況になおも大きな格差があることを示している。東アジアでは、1日1.25ドル未満で生活する人口が1981年の約80%から、2005年には18%に低下した。他方、サブサハラ・アフリカでの貧困の割合は、最近になって改善の兆候が見られるものの、2005年には1981年の水準とほぼ変わらない50%のままである。(世界銀行発表資料2009年9月より)


図表6 貧困人口の世界分布

以上みてくると、世界レベルでは、まだまだ人口規模的にも成長の過程にあり、成熟している国はほんの数%であり、ほとんどの国ではその質を高める余地があるということがわかる。経営理念のなかに「人々の幸せに貢献する企業となる」とうたっていない企業はないことを考えると、われわれはまだまだ実践しなくてはならないことがたくさんあるということがわかる。

しかし、その成長過程において、もう一つ忘れてはならないことが出てきた。それが「環境・社会問題」である。


◆世界環境

ロバート・B・ゼーリック 世界銀行グループ総裁(URL: http://go.worldbank.org/KM274GSY40)は、「世界開発報告2010」−気候変動に迅速かつ適切に対応する未来に向けて−(2009年9月16日)において、「気候変動は21世紀初めの最も複雑な問題の一つであり、どの国も逃れることはできない。また、どの国も、気候変動に関する困難な政治的決定、技術革新、全世界に波及する結果など相互に連関する課題に対して、一国だけで取り組むことは不可能である。(中略)今直ちに、一丸となって、これまでとは異なる形の行動を起こせば、安全で、貧困層に配慮した、持続可能なグローバリゼーションの実現を可能にする将来の気候を形成する機会は、確かに存在する。」と結んでいる。

ピーターD.ピーダーセン(2009)「第五の競争軸 21世紀の新たな市場原理」朝日新聞出版社では、このような環境・社会問題を踏まえた競争の視点があり、それを第五の競争軸と称している。それは、「環境革新(グリーン・イノベーション)および持続可能性(サステナビリティ)の追求」であるとしている。これは、「課題対応型」に取り組むのではなく、戦略的に取り組んでこそ、課題を機会に、コストを投資に転換させ、競争力向上に結び付ける可能性が高まるのであるとしている(図表7)。

まさしく、“We are the World”“Heal the Earth”であり、“This is it”である。     (川島隆志)


図表7 第5の競争軸


■カオスな時代のマーケティング

1.日本の消費を取り巻く環境整理

日本におけるマクロ視点での現状を整理しておく。消費を取り巻くマクロ環境を「政治・経済」「企業・雇用」「社会」「人口」「環境」といった視点で、そのキーワードでの整理を試みた(図表1)


図表1 日本の消費を取り巻く社会背景

それぞれの項目についての詳細説明は省略するが、デフレ経済下で、将来の不安を持ちながら、何とか現在の「幸せ観」を実現しようと努力している消費者像が浮かんでくる。

ところでこれらキーワードは時間を経ると変化していく。そのため、少なくとも四半期に一度はこのようなことをまとめておく必要がある。しかし、これらのまとめ活動は各商品別などの事業部毎で実施する必要もなく、これは全社組織であるマーケティング部や企画部の役割となるのが合理的であろう。

全社組織で収集しておくべき情報は、このようなマクロ情報だけでは不足である。では、ほかにどのような情報があればよいのであろうか。例えば、生活者の消費動向がある。さらに他業界も含めて、現在売れているもの、ブームになっている商品、話題になっているキャンペーン情報、また売上げ好調企業のキャンペーン情報などであろう。


2.カオスな時代のマーケティング情報システム

これら情報が社内に常に蓄積されていれば、自社のマーケティング戦略・戦術に参考になるはずである。これら情報を整理して、各商品別などの事業部へ情報配信していく体制があれば便利であることに気がつくであろう。

ここまで、情報が集約されてくれば、自社製品において、このようなマーケティング施策はどうであろうか?といった仮説が出てくる。そしてその検証のためのリサーチが必要になってくる。それがスピーディーにできる仕組みも必要になってくる。そして、それら情報を統合して、自社のマーケティング戦略・施策を策定、実行するということになる。そのイメージを示したのが図表2であり、このような組織体系を整えることを提案させていただいている。

このシステムができあがれば、市場環境に対応した施策の検討、迅速な意思決定とそれに基づいた戦略の実行が可能になるはずである。


図表2 カオスな時代のマーケティング情報システム


◆消費者のライフスタイル分析

上記の情報システムは、オープンデータから入手可能なものばかりを示したが、弊社では2000年より、生活者定点調査を実施しており、毎年約1,000項目以上の調査を実施している。これら調査データも情報システムに組み込むべき情報であると考えている。次ページ以降、2009年11月に実施した定点調査のデータを紹介させていただく。

(川島隆志)

■参考文献
* ピーター.F.ドラッカー(1994) 「すでに起こった未来 −変化を読む眼− 」 ダイヤモンド社  (訳者 上田惇夫他)
  Peter F.Druker (1993) THE ECOLOGICAL VISION
  New Jersey,U.S.A.
* ピーター.F.ドラッカー(2007) 「イノベーションと企業家精神」 ダイヤモンド社  (訳者 上田惇夫他)
  Peter F.Druker( 1985) INNOVATION AND
  ENTREPRENEURSHIP HarperCollins Published
* 唐沢昌敬(2009) 「複雑性の科学の原理 −企業や社会を劇的に変える方法論」 慶応義塾大学出版会
* フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ(2009) 「カオティクス CHAOTICS」 東洋経済新報社
* C・K・プラハラード、M・S・クリシュナン(2009) 「イノベーションの新時代」日本経済新聞社
* ピーターD.ピーダーセン(2009)「第五の競争軸 21世紀の新たな市場原理」朝日新聞出版社化を読む眼−」 ダイヤモンド社 (訳者 上田惇夫他)
*総務省ホームページ
*世界銀行ホームページhttp://go.worldbank.org/


■21世紀型マーケティング

1.カオスの縁を知覚・分析する

冒頭でも述べたように、このような時代だからこそ、生活者を取り巻く環境、市場原理、それに対応して成功している企業経営、ビジネスルールを知覚、分析して、新たな秩序を形成していく必要がある。そのために、今まで以上に、マクロ情報、消費動向、消費者行動の動向をチェックしておく必要がある。では、どのような視点でみていく必要があるか?これが課題になる。

今後、われわれが追いかけるのは、発展型の市場形成ではなく、断続的・破壊型の市場形成である。すなわち、過去の単純な延長ではなく、その市場は一見突如として現れたといったような印象を持つような市場形成である。

このような市場を創造していくためには、二つの注意ポイントがあると考えている。一つはマスを追いかけていてはいけないということである。従来型発展的市場形成過程においては、マスの動向を追いかけていけば、それが市場形成されていったが、断続的・破壊型市場形成においては、「カオスの縁」に発生している小さなシグナルをキャッチしていくことを心掛けるべきである。そのための入手情報としては、まずは「生活定点調査」により、時系列でどのような変化が起こっているのかをチェックしていくことが有効であろう。そこから少数ではあるが、重大な影響力のある変化を読み取ることである。そのためには、さらに質的調査が必要になってくるが、これも従来のグループインタビューでは、その目的が達成しにくいと考えている。個人ベースのセミデブスインタビューや家庭訪問調査などをお勧めする。

二つ目の注意ポイントとしては、その変化には生活者自身も気付いておらず、その真相を引き出すのが難しいということである。そのため、深層心理学的なアプローチや、エスノメソドロジー的なアプローチも駆使していく必要がある。また、テキストマイニングなども有効であろう。


2.カオスな時代の消費

現代の消費者行動とそれに対応した話題になった企業のコミュニケーション施策事例をまとめてみた(図表1)。生活者の行動は「幸せ」を求めて合理的に消費するという「リーン型」になっていると捉えている。リーン生産システムから命名したもので、目標に向かって無駄なく突き進もうとしている 消費者像が見えてきたからである。


図表1 「幸せ」のためのリーン生活術

以下、簡単に説明しておく。

◆志(こころざし)消費

社会貢献型消費を指し、単なる社会貢献でのボランティアや寄付ではなく、これを消費すれば社会貢献につながると認識しつつ、企業のその趣旨に賛同、そのブランドを選択消費するというものである。

◆自己実現型消費

自己の「幸せ観」を形成するための消費で、さまざまな視点・次元がある。例えば、以下の二つが考えられる。

  • 自己実現の目標型
  • 現在のクラス階層・ポジション防衛型

生活者の財布が厳しくなってもこの消費だけは最後まで保持される。

◆エンターテイメント型消費

お買い物・消費すること自体が楽しい消費で、ゲーム感覚など購入自体のエンターテイメント性が加味された購入形態である。リーン型とはいってもそこは人間、たまのストレス解消も必要である。

◆節約型消費

安心・安全が保証された上で、できるだけ安く済ませたいとする消費で、それぞれの消費者において関与(こだわり)が低い商品カテゴリーに対して強くみられる。

経済状況が悪くなり、財布のひもが固くなったからといって、節約型消費のみをしているわけではない。より生き残りをかけて、将来のことを考えて消費しているのだ。そして、われわれ企業は生活者の幸せのための提案を怠ってはならないと強調しておく。


3.あらたなリサーチ・サービス

以上のような状況に対応するためには、様々なリサーチを駆使していく必要があるが、最後に、弊社の新たなリサーチ・サービスを紹介して本稿を終わることにする。

◆生活定点調査情報を駆使しての仮説立案

衣・食・住・健康・美容など約200問からなるライフスタイル項目が、時系列にデータベース化されている。このデータからテーマに沿った集計やレポートが可能で、これら情報は「仮説立案時」に非常に強い味方になってくれる。

さらに、これら「ライフスタイル調査データ」が紐付いたモニターが整備されており、注目セグメントへのアクセスが効率よくできる。また、調査後、対象者のライフスタイル情報をマッチングできるため、リーズナブルで、よりリアルなターゲット像の理解が可能になる。

これらはWeb調査、ホームユーステスト、グループインタビュー、会場調査、家庭訪問調査などあらゆる調査に対応している。

◆価格コンジョイント分析

PSM分析ではできなかった、製品スペックの変更により、価格をどの程度変更していけばよいのかをシミュレーションできる分析手法を開発。

◆海外オンライン・リサーチ・ネットワーク

海外調査ネットワークを充実、現在、世界24カ国のリサーチが可能となっている。

詳細は、弊社Webにてご確認いただければ幸いです。(http://www.marketing.co.jp

(川島隆志)


※本提言「破壊的マーケティング・イノベーション 〜激動する市場から未来を切り拓く」は、「営業力開発」誌 2009・No205号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMRサイエンス)へ掲載されています。
尚、誌面では以下の様な構成です。

「破壊的マーケティング・イノベーション 〜激動する市場から未来を切り拓く」

T. 21世紀型の市場原理
U. カオスな時代のマーケティング
V、女性の生活と消費動向
W、女性のファッションと美容生活
X、女性の食生活と健康意識
Y、女性の住生活
Z、女性の生活行動・エコ行動
[、男性のライフスタイル
\、21世紀型マーケティング


 
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